「ん〜っ美味しい!」
乱菊が杯を一息にあおる。その豪快な飲みっぷりにギンは思わず拍手する。
「やっぱのとこにはいいお酒がくるのねぇ」
酒精で赤く染めた頬をうっとりとゆるませて、床に転がる空き瓶を撫でる。
「ちょうどいいから全部片付けてってくれ」
いつもなら飲み過ぎだと小言を言うも今夜ばかりは酒をすすめる。お歳暮に、と毎年たくさん貰うのだが自身は下戸だ。少しばかり料理に使う以外ははっきり言って処分に困る。
「やった。あ、でも浮竹隊長の分は?」
「隊長のところには京楽隊長が持ってくるから平気」
「そうなん?」
「そ。ここにあるよりずっと高い酒」
毎年年始に京楽は浮竹の元を訪れる。それもが戻った頃を見計らって。手土産代わりに年代物の焼酎をひっさげて、の作るおせち料理を目当てに。鬱陶しいことこの上ないが、自分の作る料理を手放しで誉めて頬張る姿はどこか憎めない。
「じゃあ遠慮無く。ほぉら、ギンも飲みなさいよぅ」
ぐいぐいと徳利を押しつける乱菊にさすがのギンもたじろいだ。
「うわあ、乱菊酔っぱらいすぎやないの」
「そーんなことなーいわよぅ。あたしの酒が飲めないっていうのー?」
「しかも絡み酒……めっちゃタチの悪い酔い方やん」
「もう少ししたら蕎麦出すからな」
炬燵の上の空の皿を片付けながらが言えば、ギンも乱菊も喜んで手を叩く。年越し蕎麦はもちろんの手打ち蕎麦だ。出汁も鰹と昆布からしっかり取ってある。先程まで腹一杯にの手料理を詰め込んだ胃だが(しかもたっぷりと酒まで収めている)まだ余裕がありそうだ。
「何か、ええなぁ」
「なあに?」
が皿を片付けに厨に行った後、ちびりちびりと自分のペースで酒を飲んでいたギンがぽつりと呟く。炬燵のほんわかとしたぬくもりに包まれて、うとうととしていた乱菊だが、その声に重い瞼を押し上げて億劫だったが返事をした。そんな乱菊に苦笑して、ギンは自分の羽織を乱菊の肩にかける。
「こういうんが、ええなぁ、って」
年の瀬にこうしてのんびりと炬燵に入っていること。大好きな人達と、大好きな場所に居られること。それだけでこんなに嬉しい。それだけが、こんなにも幸せだと感じられる。
「んー……そうかもね」
間延びした声で乱菊も同意を示す。厨の方から出汁のいい匂いが漂ってきた。ほどなく盆に三人分の蕎麦を乗せてやって来たが、
「寒い寒いと思ったら、外は雪だ。道理で冷えるわけだ」
襖を閉めながらそう言う。
「ええ、そうなん?ボク寒いん苦手やわー」
「だからってくっつくな馬鹿ギン。重いだろうが」
障子を細く開けてみれば、うっすらと積もり始めた雪が庭木を白くしている。この分だと明日の朝にはかなり積もっているかもしれない。背後でくしゃみが聞こえたので障子を閉めて、湯気を立てる蕎麦の前に座る。手を合わせて「いただきます」と三人声を揃えたところで、遠くからかすかにごーん、と鐘の鳴る音が聞こえ始めた。
「お、除夜の鐘か。今年ももう終わりなんだな」
「そやなぁ。、来年もよろしゅうな」
「あたしもー」
にっこりと屈託の無い笑顔でギンが、続けて乱菊も便乗してにへらり、と笑いかける。そんな二人にも苦笑する。
「仕方ねぇな。おまえらは。来年も俺に迷惑かけるつもりかよ」
「だってのこと大好きやもん」
「あたしもー」
「うるせぇよ」
蕎麦をすすりながら耳を澄ませれば、まだ鐘は鳴っていた。




ゆく年くる年 小噺Ver.1




完成日
2010/12/26